雑記

「知る」と「分かる」ことは違う。

 言われてみれば当然のことだが、自分の場合は一緒こたにしていたと思う。

 

「知る」という経験からは人に変化を与えないが、「分かる」という経験からは人に 変化を与える。大きく見ればそうだと私は感じる。「知る」という経験が積もっても見方は変わらない。それはTVで次から次へと変わる画面からただ情報を得ていても考え方が変わらないのと同じことである。これを今の社会と照らし合わせてみると面白い。TVがなくてもスマホで見ることができるし、情報も同様に得られる。情報を得られる媒体が増え、それとともに情報量も増えている。その情報量に圧倒されてしまうと、情報に対して人は受け身になる。受け身になるということは考えなくなることにつながる。色んなことを知っている、満足だ……で止まってしまう。つまり何も分かっていない状態である。これは問題だ。ディアリテラシーが重要視されたのもこういう理由ではないかと思う。単時間の間にとんでもない量の情報が次から次へと流れる時代である。

私は、情報媒体から離れて考える時間という経験、インターネットをあくまでも手段としそれをしっかり認識すること両者の重要性について改めて感じた。